大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)815号 判決 1973年3月27日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人鈴木清二の上告理由について。

原判決は、昭和三一年一二月一三日、上告人の妻である塚本つぎが、上告人において同日株式会社東京銀行本店から振出をうけた支払人同銀行本店、金額一〇〇〇万円、受取人被上告銀行板橋支店(以下、板橋支店という。)なる記名式銀行小切手一通を持参して本件第一回の無記名定期預金をしたものであることを認めながら、(1)上野松寿と板橋支店との間には同年一〇月下旬から定期預金を担保とする手形割引の取引があつたこと、(2)上野は、同年一一月頃板橋支店次長小林美生に対し、近いうちに一〇〇〇万円位の預金をする旨話していたこと、(3)上野は、同年一二月一三日小林に対し、同日、一〇〇〇万円、期限三か月の定期預金をすることにしたので、事務員を赴かせる旨電話をし、自己の名刺に、一〇〇〇万円を事務員に持参させるからよろしく、と記入して、塚本つぎに手渡し、同人を自己の事務員に仕立てて板橋支店に赴かせたこと、(4)塚本つぎは、本件第一回の無記名定期預金の預入手続をする際、その事務を担当した小林に対し、上告人の妻であることは告げず、小林が「上野さんの使いの方ですね」と念を押したところ、「はい」と答えて、前記小切手を小林に交付し、所定の印鑑票に「上野之印」と刻した印鑑を押捺し、預金契約に必要な手続をしていること、(5)小林は、終始、塚本つぎを上野の使者として遇し、金額一〇〇〇万円の無記名定期預金証書を作成して塚本つぎに交付する際に、「上野によろしく」と挨拶したにもかかわらず、塚本つぎは何ら異議を述べなかつたこと、(6)同日夕刻、上野は、右無記名定期預金証書および印鑑を持参のうえ、板橋支店に赴き、小林に対し、無記名定期預金をしたからよろしく、と挨拶したこと等の事実を認定し、右事実からすれば、上野が本件第一回の無記名定期預金契約の預金者は自己である旨の意思表示をし、被上告銀行においてこれを承諾したものというべきであるとし、さらに、原判決は、(7)上告人は、昭和三一年一一月下旬、貸金業とその仲介を目的とする株式会社中小企業金融相談所(以下、中小金融という。)の設立者西谷誠一から、中小金融に対する一〇〇〇万円の融資の依頼をうけたが、その際、西谷から上告人において銀行に対し一〇〇〇万円の定期預金をし、これを見返りとして中小金融が銀行から手形割引をうければ、上告人としては、銀行利息と中小金融からの利息をうけられる旨提案されたこと、(8)そこで、上告人は、同年一二月一〇日板橋支店長末森省三に対し、上告人が一〇〇〇万円の定期預金をすればこれを見合いに中小金融に対する手形割引が可能かどうかを尋ねたところ、同人から、上告人が定期預金をしたのでは中小金融の手形割引をすることはできないが、中小金融は上野の名前で板橋支店と取引があるから、上野の定期預金として預け入れるのであれば手形割引が可能である旨の説明をうけていたこと、(9)上告人は、塚本つぎが本件第一回の無記名定期預金の預入手続をするにつき、同人が上野の事務員として板橋支店に赴くことを承諾していたこと、(10)本件第一回無記名定期預金がされた後、上告人は中小金融から利息の支払をうけていたこと等の事実を認定したうえ、上告人は、中小金融の金融の便宜のため、上野の預金として本件第一回の無記名定期預金をすることを承諾していたものと認めるべきであるとし、これを前提に、本件第一回および第二回の預替によつて各成立した上野木材工業株式会社名義の記名式定期預金一口の預金者は同社であり、また、その他の三口の無記名定期預金の預金者は上野であると判断している。

ところで、無記名定期預金契約において、当該預金の出捐者が、自ら預入行為をした場合はもとより、他の者に金銭を交付し無記名定期預金をすることを依頼し、この者が預入行為をした場合であつても、預入行為者が右金銭を横領し自己の預金とする意図で無記名定期預金をしたなどの特段の事情の認められないかぎり、出捐者をもつて無記名定期預金の預金者と解すべきであることは、当裁判所の確定した判例であり(昭和二九年(オ)第四八五号同三二年一二月一九日第一小法廷判決・民集一一巻一三号二二七八頁、昭和三一年第(オ)三七号同三五年三月八日第三小法廷判決・裁判集民事四〇号一七七頁)、いまこれを変更する要はない。けだし、無記名定期預金契約が締結されたにすぎない段階においては、銀行は預金者が何人であるかにつき格別利害関係を有するものではないから、出捐者の利益保護の観点から、右のような特段の事情のないかぎり、出捐者を預金者と認めるのが相当であり、銀行が、無記名定期預金債権に担保の設定をうけ、または、右債権を受働債権として相殺をする予定のもとに、新たに貸付をする場合においては、預金者を定め、その者に対し貸付をし、これによつて生じた貸金債権を自働債権として無記名定期預金債務と相殺がされるに至つたとき等は、実質的には、無記名定期預金の期限前払戻と同視することができるから、銀行は、銀行が預金者と定めた者(以下、表見預金者という。)が真実の預金者と異なるとしても、銀行として尽くすべき相当な注意を用いた以上、民法四七八条の類推適用、あるいは、無記名定期預金契約上存する免責規定によつて、表見預金者に対する貸金債権と無記名定期預金債権との相殺等をもつて真実の預金者に対抗しうるものと解するのが相当であり、かく解することによつて、真実の預金者と銀行との利害の調整がはかられうるからである。

叙上の見地に立つて本件をみるに、原判決の認定した前記(1)ないし(6)の事実は、上野が本件第一回の無記名定期預金につき預金者は自己であるかのような行動をとつたことを示すものではあるが、いまだこれらの事実をもつて、上野が、本件第一回の無記名定期預金をする際、上告人の出捐した一〇〇〇万円を横領し、自己の預金とする意思を有していたなど前記特段の事情があるとまではいえない。また、原判決は、前記(7)ないし(10)の事実から、上告人は上野に対し上野の預金として本件第一回の無記名定期預金をすることを承諾した旨判示している。しかしながら、右各(7)ないし(10)の事実からは、上告人は上野に対し名義上のみ預金者を上野とすることを承諾していたものとみることができないわけではなく、かりに、真実預金者を上野とすることの承諾がされたと認めるためには、上告人が上野に対し一〇〇〇万円の返還を求めうることが前提とならなければならないから、原審としては、上告人と上野との間に一〇〇〇万円の返還の合意がいかなる法律関係のもとにされたか、さらに、上告人と中小金融との間にいかなる法律関係があつたかを審理判断すべきものである。そして、上告人を本件第一回の無記名定期預金ならびにこれを前提とする本件第一回および第二回の預替によつて成立した各定期預金の真実の預金者と認めるべきであるとすれば、さらに、被上告銀行の抗弁について審理判断すべきものであり、被上告銀行の相殺の抗弁については、板橋支店が、右各定期預金を担保とし、もしくは、この各定期預金債権を受働債権として相殺することを予定して、上野または上野木材工業株式会社との間に手形割引等の銀行取引をするにあたり、板橋支店が銀行として尽くすべき相当の注意を用いて上野または上野木材工業株式会社を預金者と確定したかどうか、すなわち、板橋支店が、前記(6)のように上野から定期預金証書の呈示をうけながら、その後の取引をするにあたり、何ゆえに定期預金証書の占有取得の方法をとらなかつたかなどの点について審理し、右抗弁の成否につき判断すべきものである。

しかるに、原判決は、右の諸点について何ら審理判断することなく、本件第一回の無記名定期預金ならびに本件第一回および第二回の預替によつて成立した各定期預金の預金者は上告人とは認められないと判断し、結局、上告人の主位的請求および予備的請求を排斥したものである。それゆえ、原判決には、叙上の諸点について審理不尽、理由不備の違法があるというべきである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 田中二郎 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例